公式サイトにアクセスすると、インドネシアのオンラインカジノが表示される。ドメインは失効し、第三者に取得されている。これが、日本のCAMPFIREで2万人超から約3億円を集めた「世界最小のモバイルカラープリンター」PrinCubeの、キャンペーン終了から6年が経った2026年現在の姿だ。
届いた製品は引き出しの奥で眠り、届かなかった支援者はまだ返金を待っている。そしてこのプロジェクトの背後には、日本のクラウドファンディング史に残る別の炎上案件がつながっていた。
プロダクト概要
PrinCubeは重量160g、スマートフォンほどの軽さのハンドヘルド型インクジェットプリンター。対象物の表面を横にスライドさせることで、紙や布、木材などにフルカラー印刷できるという製品だ。HP 62XL互換のヘッド一体型カートリッジを差し込み、Wi-Fi経由でスマホのWebアプリからデータを送る仕組みになっている。
CAMPFIREでの支援価格は送料込み11,950円から〔確認済〕。一般販売予定価格は21,850円と記載されていた。キャンペーンは20,303人の支援を集め、調達総額は約3億円に達した。なお、PrinCubeは2019年10月にIndiegogoで先行キャンペーンを実施しており、その後CAMPFIRE(日本)、嘖嘖(台湾)、Wadiz(韓国)と多国展開している。本稿ではCAMPFIREキャンペーンを中心に検証する。
印刷幅は約14.29mmと小さく、名刺全面を一度に刷れるようなものではない。ロゴやちょっとしたイラストを小物にスタンプする——そういう用途を想定した製品だ。
クリエイター・プロフィール
キャンペーンの運営者は「The God Things」。表向きはニューヨーク拠点のスタートアップだが、Digital Trends(2019年)は所在地を「New York and Shenzhen, China」と記載しており、台湾の集資メディア「加點製造誌」(2020年1月21日)は、日本のクラウドファンディング業界関係者の証言として、実質的な運営主体は深圳乙烯創意伝媒有限公司(Vinyl Creative Communication Co., Ltd.)であると報じた〔確認済〕。
この深圳乙烯創意Vinylには前科がある。2018年にMakuakeで360度電動歯ブラシ「V-WHITE+」を展開し、広告不実・配送遅延・サポート完全停止で大炎上。支援者が消費者庁やNHKにまで訴えを行う事態に発展した(ガジェット通信、2018年11月30日)〔確認済〕。Makuake公式はV-WHITEプロジェクトページに「本案件申請主體は違規黑名單企業、情節惡劣」という異例の警告を現在も掲載している〔確認済〕。同一企業がプラットフォームをMakuakeからCAMPFIREに変え、製品を歯ブラシからプリンターに変え、再び巨額を調達した構図だ。
市場背景
2019年はハンドヘルドプリンターが一瞬だけ注目を浴びた年だった。リコーが「RICOH Handy Printer」(モノクロ、約44,600円)を発売し、「紙以外にも印刷できる」というコンセプト自体に新鮮味があった。PrinCubeはここにカラー対応と約1/4の価格という差別化で飛び込んだ。
ただし、その後リコーは同製品を生産終了している。ハンドヘルドプリンターの市場そのものが「面白いが日常的に使うか?」という問いに答えきれなかったことを示唆する動きだ。2025年にeufyMake UV Printer E1がUV硬化インク方式で登場し、非吸収性素材への定着という長年の課題をようやく技術的に解決したが、日本国内価格は税込329,900円と業務用途に近い価格帯であり、PrinCubeに12,000円を支援した個人ユーザーとは全く異なる市場を向いている。
PrinCubeがCAMPFIREに現れた背景には、中国・深圳のKongten社が製造するハンドヘルドプリンター「MBrush」の存在がある。ドイツのtechreviewer.de(2024年10月更新)はMBrushとPrinCubeが「構造的に同一」と断定しており、AliExpressでは同じ製品が「Kongten MBrush」名義で12,000〜18,000円程度で購入できる〔確認済〕。TheGodThingsは自社で製品を開発したのではなく、深圳の既製品にストーリーを付けてクラウドファンディングで販売するマーケティング会社だった可能性が高い。
気になるポイント
「あらゆる素材に印刷可能」の実態。キャンペーン最大の売り文句だが、複数の独立レビューが一貫して否定している。Techable(2020年3月)のレビュアーはセロハンテープやiPhoneケースに印刷を試み「素材にインクが染み込まず、いつまで経っても乾く様子はなかった」と報告。スタジオ・ボウズ(2021年7月)も「インクは乗りますが、乗っているだけという印象。指でこすると消えてしまいます」と述べている〔確認済〕。HP互換のサーマルインクジェットは水性インクであり、非吸収性素材に定着しないのは技術的に当然の帰結だ。紙と布には使えるが、「あらゆる素材」は誇大広告と言わざるを得ない〔矛盾する情報あり〕。
「世界最小」の根拠不在。INTERNET Watch(2019年10月18日)も「世界最小」を引用符付きで紹介するにとどめ、第三者による計測比較は確認できない〔未確認〕。当時カラー対応のハンドヘルドプリンター自体が極めて少なく、最小クラスだった可能性はある。しかし検証データのない「世界最小」はマーケティング用語の域を出ない。キャンペーンで繰り返し使われたこの文言は、技術的な根拠ではなく希少性を利用した印象操作と見るのが妥当だ。
アンカー価格の不自然さ。キャンペーンページには一般販売予定価格21,850円が掲げられ、最大55%引きを謳っていた。しかしPrinCubeと構造的に同一のKongten MBrushはAliExpressで12,000〜18,000円程度で流通している〔確認済〕。この「一般販売予定価格」でPrinCubeが実際に販売された形跡は確認できない。OEM元の市場価格を上回る「定価」を設定し、そこからの割引率を強調する手法は、クラウドファンディングにおける典型的なアンカー価格操作と言える。
V-WHITEブラックリスト企業による再出発。前述の通り、PrinCubeの実質的運営主体である深圳乙烯創意VinylはMakuakeで「違規黑名單企業」と認定された会社だ〔確認済〕。CAMPFIREがこの情報を事前に把握していたかは不明だが〔未確認〕、プラットフォームを変えただけで同一企業が再び数億円を調達できた事実は、日本のクラウドファンディング審査体制の盲点を浮き彫りにしている。PitPa制作のポッドキャスト「ニュースのプロが検証 SNS詐欺事件」でも「2万人から3億円以上集めたクラファン詐欺」として取材対象になっている〔確認済〕。Twitter/Xには「PrinCube詐欺?CAMPFIRE」を掲げるアカウント(@CubePrin)も存在しており、CAMPFIRE支援者の不満が個人発信の形で蓄積されていることがうかがえる。
OEM製品の独自開発風販売。PrinCubeはKongten社製MBrushと構造的に同一であることが確認されている〔確認済〕。AliExpressの販売者が「The same model in INDIEXXGO!!」と明記するほどだ。にもかかわらずキャンペーンは「模倣品にご注意ください」と警告していた——自らがリブランド品である可能性を棚に上げて。加點製造誌(台湾、2020年1月21日)は業界関係者のコメントとして「マーケティング会社が中国工場の製品を大量買い付けし、ストーリーを作って高値で売りつけた」と報じている〔確認済〕。
印刷品質のばらつき。実際に製品を受け取った支援者の評価は二分している。@Gemのメモログ(2020年6月28日)は「かなりの確率で色ズレとか変な色が出たりと、直接グッズやノベルティに、というのはかなり修行が必要な感じ。もしグッズが目的なら、別の方法をおすすめしたい」と率直に書いている。note「あらら」(2020年7月30日)も「思ったほどのクオリティじゃなかった」「青色がやっぱりおかしい」と報告し、さらに「マニュアルが英語なので、英語に苦手意識のある私は目が滑って全く読めない」と日本語マニュアル不在の問題にも触れている〔確認済〕。ひがしなだ区ドットコム(2021年6月8日)のCAMPFIRE支援者は製品を受け取ったものの「タトゥー印刷が可能とサイト上にはありましたので試してみましたが、ダメでした。何度も試みましたが成功せず」と報告しており、届いた場合でもキャンペーンの約束との乖離がある〔確認済〕。
海外支援者への大規模未配送と連絡途絶。CAMPFIREの日本人支援者への配送は一定程度行われた模様だが、全支援者への完全配送は確認できていない〔未確認〕。Indiegogoの海外支援者では状況が全く異なる。Trustpilotでは79件中94%が星1つ。2024年10月の投稿でも「5年前に$119を支払ったが何も届いていない」との声が上がっている。Hackster.io(2025年4月15日)のレビュアーもPrinCubeを購入した経験について「a truly awful product」と回顧し、何年も箱に入れたままだと記している〔確認済〕。CAMPFIRE活動報告は支援者限定のため外部からの検証が困難であり、日本人支援者のキャンペーン体験——配送の遅延状況やTheGodThingsからのコミュニケーションの実態——については、公開情報からの全容把握には限界がある。
技適マーク取得が未確認。PrinCubeはWi-Fi通信機能を搭載するが、技適マークの取得は確認できていない〔未確認〕。INTERNET Watch(2019年10月18日)も当時この問題を指摘していた。未取得であれば日本国内での使用は電波法違反となる。
応援したいポイント
手のひらサイズのデバイスで紙や布にさっとカラー印刷できる——この体験は、実際に届いた支援者の一部を確かに楽しませた。ひがしなだ区ドットコムのレビュアーも不満点を挙げつつ「基本的には良いプリンターであると私は思います」と書いている。11,950円からという支援価格も、当時カラー対応ハンドヘルドプリンターがほぼ存在しなかった市場では破格だった。
CAMPFIRE経由の日本向け配送は、Indiegogoの海外配送と比較すれば相対的に機能していた点は記録しておくべきだろう。全支援者への完全な配送は確認できていないが〔未確認〕、少なくとも複数の日本人レビュアーが実機を手にしてレビューを書いている。
比較・代替案
PrinCubeの支援者が本当に欲しかったのは「紙以外の素材にも手軽にカラー印刷できるツール」だったはずだ。2026年現在、その夢を叶える選択肢は当時より増えている。
eufyMake UV Printer E1は、PrinCubeが約束して果たせなかった「あらゆる素材への印刷」をUV硬化インクで実現した製品だ。金属やガラスにもインクが定着する。ただし日本国内価格は税込329,900円で、PrinCubeに12,000円を支援した個人ユーザーとは完全に異なる価格帯。小規模事業者やクリエイター向けの業務用機器と考えるべきだろう。Rakutenでの取り扱いは確認できていない。
Kongten MBrushは、実のところPrinCubeと構造的に同一のハードウェアだ。TheGodThingsを経由せず直接購入でき、価格も12,000〜18,000円程度。ただし品質面の課題はPrinCubeと全く同じである点に注意が必要だ。
布への印刷が目的なら、アイロンプリントシート(500〜1,500円)と手持ちの家庭用インクジェットプリンターの組み合わせの方が、品質もコストも確実に上回る。
小物への名入れやラベリングであれば、キングジム テプラ PROが堅実な選択肢だ。カラー印刷はできないが、日本語対応・サポート体制・消耗品入手性で比較にならない安心感がある。
まとめ
PrinCubeは、手のひらサイズのカラープリンターという魅力的なコンセプトを、深圳の既製品とクラウドファンディングのストーリーテリングで3億円のビジネスに変えたプロジェクトだった。製品自体は紙と布にはそこそこ使える小型プリンターだが、前述のアンカー価格操作、OEM隠し、ブラックリスト企業の再出発、そして公式サイト消滅という経緯を踏まえると、支援者が「応援」したものと実態との乖離は大きい。
いま中古で検討している人へ。フリマサイトで3,000〜5,000円程度で出品されることがあるが、購入前に知っておくべきことがある。公式サイトは消滅しており、ソフトウェアアップデートやテクニカルサポートは一切期待できない。Webアプリが現在も機能するかは個別に確認が必要だ。インクカートリッジ(HP 62XL互換)は汎用品で入手可能だが、技適未確認のWi-Fi機器である点も理解した上で判断してほしい。紙と布への印刷限定で割り切れるなら、数千円の実験用ガジェットとしては楽しめるかもしれない。
これからハンドヘルドプリンターを買いたい人へ。非吸収性素材への印刷が必要で予算が許すならeufyMake UV Printer E1。布ものならアイロンプリントシートと家庭用プリンター。ラベリング用途ならキングジム テプラ PRO。PrinCubeやMBrushを今から買う合理的な理由はほとんどない。
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Alex Ishiguro
編集長
MakuakeやCAMPFIREで話題になった商品の「その後」を追うメディアを運営。約束されたものが実際に届いたのか、消えてしまったのかを記録する。
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